会社員の息子が東京本社からインド支店に転勤しました。これを機に息子を頼ってインド北部(デリー→ ジャイプール)を旅行をしました。
旅行プランは息子が取りまとめてくれました。
現地のタクシー(ハイヤー)をチャーターした個人旅行です。
楽しい旅行ができました。
この記事ではデリー(Delhi)の旅を紹介します。
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インド デリー旅行 (1日目)
関西空港→デリー インディラ・ガンディー国際空港
夫婦で関西空港から香港国際空港を経由し、インドデリーのインディラ・ガンディー国際空港へ行きました。ここで息子と合流です。夫婦ともども英語はまるっきりだめなので、息子と合流するまでヒヤヒヤものでした。
到着ビザ(Visa on arrival)
インドは、2016年3月1日から到着ビザの取得が可能でした。到着ビザは、観光目的などで最長60日を超えない範囲で滞在する場合、空港到着時に取得可能な査証です。
なお、インド政府は2020年2月27日に到着ビザの発給を停止すると発表しました。
ヒルトン ニューデリー サケット(Hilton Garden Inn New Delhi/Saket)

今日はニューデリーのヒルトンホテル(Hilton Garden Inn New Delhi/Saket)に泊まります。
タクシーでホテルに到着すると、タクシーが警察によりかなり厳しくチェックされました。パキスタンとの紛争でテロを警戒してのようです。
ホテルでいきなりインドあるあるか⁈
大人3人で予約したのに、ホテルスタッフにより通された部屋は、寝室にベッドが2つしかない部屋です。
なぜベッドが2つしかないのかとスタッフに聞くと、すずしい顔で「1人はソファーで寝ればいい」という驚きの返答です。
ええ~!ヒルトンでもこの調子⁈ いきなりのインドあるあるか⁈
上司を呼んで来い!といって息子が激しく抗議した結果、上司が来て3ベッドの部屋に替えてくれました。泣き寝入りはダメですよね。
なお、この件に関しては、翌日観光しているときに、ヒルトンホテルの本部から丁重な詫びの電話がありました。
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インド デリー旅行 (2日目)
ホテルで朝食

香辛料や果物がいっぱいです。おいしく頂きました。


陽気なスタッフ達です。
ハイヤーをチャーター
インドでの移動手段は、息子のコネでチャーターした現地のハイヤーです。
信頼できそうな運転手なので安心しました。
道路はクラクションの騒音の嵐!!
インドでは次のタイミングで皆が一斉にクラクションを鳴らします。
(1)信号が赤から青に変わったとき
(2)信号が青から赤に変わって前の車が止まったとき
(3)道路が渋滞しているとき
(1)の場合は「早く行け~」という意図、(2)(3)の場合は「じゃまだ~」という意図のようです。
もちろん、当方が乗っている車の運転手も例外なくやります。
このため、インドでは、車が順調に流れているとき以外、道路は凄まじい騒音です。
日本人の感覚ではクラクションを鳴らしてもどうしようもないのにと思うのですが…⁈
高速道路で…これもインドあるある⁈
ホテルを出て高速道路に入ると、とんでもないことが起こりました。
後ろから猛スピードで追ってきた車が幅寄せしてきて、車を路肩に止めさせられました。
相手はヤバそーな顔の3人組のおっさん達です。
どう見ても警察には見えません。
強盗か⁈と思いましたが、少ししてから解放されました。
後で息子に事情を聴くと、事の顛末はこうでした。
おっさん達が主張するには、昨日バイクが盗まれた、この車が犯人の車と似ている、お前(ハイヤーの運転手)が犯人ではないのかと。
ハイヤーの運転手は、身に覚えのないことだと釈明し、事なきを得たということです。
これもインドあるある⁈
デリー(ニューデリー)の町の様子


デリー(ニューデリー)の町の様子です。
オートリキシャ(auto-rickshaw)があります。

インドではバイクの3人乗りは普通です。
交通のルールは日本と比べて非常に緩いようです。
デリー(Delhi)とニューデリー(New Delhi)
日本人には「デリー」と「ニューデリー」の関係をよく理解していない人が多いと思います。
私もその一人でした。
簡単には「デリーという行政直轄区にニューデリーというエリアがある」ということです。
つまり「デリー」と「ニューデリー」とは違う街ではなく、「デリー」というどこの州にも属していない行政直轄区があり、それがインドの首都「デリー」です。
「ニューデリー」は「デリー」の中にあるエリアのひとつです。
「ニューデリー」は、デリーの中でも比較的新しい地区。
ある程度以上の経済レベルの人が住む高級住宅地に当たります。
対して「オールドデリー」と呼ばれる旧市街エリアは、庶民の街です。
おびただしい数の人がひしめきあって暮らす、歴史の古いエリアです(地球の歩き方『「「デリー」と「ニューデリー」をここでハッキリ!』の一部を引用)。
世界遺産 クトゥブ・ミナール(Qutub Minar)
クトゥブ・ミナールは、デリー南の郊外にある古いモスクです。
ミナールとはモスクの尖塔(ミナレット)のことです。尖塔の高さは72.5mです。
このモスクは、1200年頃にこの地にインド最初のイスラム王朝を開いたクトゥブッディーン・アイバクが、ヒンドゥー勢力に対する勝利を記念して建てたものです。
イスラム様式とヒンドゥー様式が混在した独特の様式が特徴です。
クトゥブ・ミナールとともに同じ敷地内にあるいくつかの古い建築物が、「クトゥブ・ミナールとその建造物群」として世界文化遺産に登録されています(以上、『JTB インド 世界遺産の塔「クトゥブ・ミナール」の魅力』から引用)。

72.5mの尖塔はやはり高いです。
古い尖塔ですがよく持ちこたえていますね。

クトゥブ・ミナールとその周りの史跡です。
クトゥブ・ミナールの詳しい記事はこちら ➡ インド クトゥブ・ミナール 旅行記・ブログ デリーにある世界遺産
世界遺産 レッドフォート(Red Fort 赤い城)
レッドフォートは、インドのデリーにあるムガル帝国時代( B.C.1526〜A.D.1858)の城塞です。
インドの独立後も、近年まで軍の施設として使用されていたいました。
2007年に、隣接する サリームガル城(Salimgarh Fort)と併せて「赤い城の建造物群」としてユネスコの世界遺産に登録されました(Wikipediaから引用)。

レッドフォートの外観とレッドフォートを訪れる多くの観光客。

レッドフォートを訪れるインド人女性の一団。

ディーワーニ・アーム(公謁殿)。
レッドフォートの詳しい記事はこちら ➡ インド レッドフォート 旅行記・ブログ デリーにある世界遺産の広大な城
ジャンパス マーケット (Janpath Market) で買い物

ジャンパス マーケット (Janpath Market)は、ニューデリーにある衣料品が中心のマーケット。
地元の人でごった返しています。
客が地元民中心とあって商品は安価です。
マーケットでの買い物はその都度店員との値段交渉です。
妻は、片言の英語で一生懸命値切って服を買いました。安く買えたと喜んでいました。
私はベルト屋さんでベルトを買いました。
その場でウエストに合わせてベルトに穴を開けてくれます。
安くて綺麗なベルトだったの喜んで使っていましたが、3カ月ほどすると表の皮と裏の皮とが剥離しました。残念です。
世界遺産 フマユーン廟(Humayun’s Tomb)
フマユーン廟は、デリーにありムガル帝国の第2代皇帝フマユーンの墓廟(ぼびょう)です。
インドにおけるイスラム建築の精華のひとつと評されています。
その建築スタイルはタージ・マハルにも影響を与えたといわれています(Wikipediaから引用)。


建築様式がタージ・マハルとよく似ています。
フマユーン廟の詳しい記事はこちら ➡ インド フマユーン廟 旅行記・ブログ デリーにある世界遺産
インド門(India Gate)
インド門(India Gate)はニューデリーにある慰霊碑。
激戦を極めた第1次世界大戦の戦死者を弔うため、1929年に建てられました。
高さ42mの門柱には9万人におよぶ戦没者の名前が刻まれています。

人気の観光スポットらしく、多くの現地人が訪れていました。
インド門の詳しい記事はこちら ➡ インド門 旅行記・ブログ インドのデリーにある慰霊碑でランドマーク
これでデリーの旅は終わりです。今日はこれからジャイプールへ向かいます。
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旅行のまとめと感想
・インドは日本の10倍程度の人がいて国の面積も広大です。
そこに世界遺産など、たくさんの世界的な遺跡が点在しています。一つ一つの遺跡はスケールが壮大です。
・インドの町は人が多く活気にあふれています。
人々はカメラを向けると屈託のない笑顔で応じてくれます。
・今回、特に空港など、肩から銃をぶら下げた多くの軍人を見かけました。
しかし、威圧感はなく一緒に写真に納まってくれるなど意外にフレンドリーな感じでした。
・インド料理が口に合わない方もいると思いますが、例えば宮殿ホテルでは、王様気分で豪華な庭やくつろぎの空間を楽しむことが大事なのかなと感じました。
ホテルから一歩外へ出れば喧騒の町ですので。
・インドは一生に一度は行っておきたいところでした。
今回インドを旅行する機会に恵まれたことは非常に幸せでした。
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